■□ 繰り返す夢なら醒めないで □■
何の違和感も無く溶け合っていた身体を分かつ。
不意に込み上げる歯痒さに言い知れぬ恐怖が襲った。
繋げられる物は全て繋ぎ 溢れ出るままに思いの丈を綴り、
与えられる物は命を賭し分け与え 注がれる想いを余す事無く受け止めても、
それでも貪欲な己が心は物足りないと訴える。
隔てるだけが役目の躯ならばかなぐり捨てて、
隙間無く心臓(こころ)を合わせる事が出来たのならば どんなにも気持ちが好いだろう。
「やるよ お前ぇになら」
それは唐突に、愚かな願いなどお見通しだと言わんばかりに。
これを、と逞しく息吹く彼の鼓動に額を押し当てられた。
あまりの幸福感に目が眩む。
「やるよ お前にならば」
これを、と同じように彼の掌を己のそれに押し当てた。
漏れた溜息の優しさに、 彼を喜ばせる事が出来たのだと思うと誇らしくなる。
「ああくれよ」
懇願にも似た甘く凶暴な口付けに 陶酔せずにはいられない。
互いの心臓、それが担保。
俺達は他に何も持たないから。
逃げる事も逃がす事も許しはしない。
それは今宵、二つの身体が見る たった一つの夢の出来事。
■□ nonsense love □■
子孫を残す為の行為を、それが出来得ないと知りながらも 互いに飽かず繰り返す。
彼は俺に何を求めているのだろうか。
性欲を満たしたくば俺でなくとも、彼の来訪を待ち望む女性は山といるだろうに。
しかしそんな事を迂闊に口に出そうものなら 浮沈の激しい彼の機嫌を損ねる事は必至なので、
身体とは裏腹に醒めた脳裏で思考を巡らせる。
俺が彼に求めるもの。
それは子孫。
強く優しく逞しい彼の子孫を残して欲しいと、切に願う。
俺が彼にしてやれる事と言えば、食欲と一時の性欲とを満たしてやる事くらいだ。
けれどそれを誇りに思う。
まだまだ発育するであろう彼の血肉を、斯(か)くも浅ましき我が手で創る事が出来るのだから。
「剣心」
何か碌でもねえ事考えてるんじゃねえだろうな、と。
虚勢は口先ばかり、 不安そうに 逃すまいとするように力一杯抱きしめられる。
「なあ左之、俺は果報者だな」
お前ぇにしては珍しく前向きな とでも言いた気に驚きを露わにした彼に微笑みかけ、
誂えたかに相応する彼の肩の窪みに額を押し当てて 優しい睡魔に抗う事無く眸を閉じる。
いつの日にか必ず迎えるであろう離別と、
彼の逞しい身体を仕立てたのはこの俺なのだと 無償の幸福に浸れる日々(みらい)を思い描いて。
■□ 例えば倖せの後ろ側 □■
「傍にいろ」
言い草は決して可愛げのあるものではないが、縋るように擦り寄ってくる華奢な体を抱き留める。
骨と筋肉で構成されたそれは女の柔らかい肉体とあまりにかけ離れてはいるものの、
皮膚に這う傷跡を見る度それさえもが愛おしく、
彼を貫く度 神聖なるものを冒した背徳感の中にも強い陶酔感さえ抱いてしまう。
彼の望むまま気の向くまま。
もっともっと甘やかしてやりたいと思う反面、つい先刻まで蕩けていた彼の表情はすぐに冷たい能面と化す。
「もう帰れ」
均衡を上手く保てない不器用な恋人の発する言動に一喜一憂、
手加減なく振り回してくる彼の攻撃にその都度感けていたら いくら打たれ強いとは言え、
今度はこっちの身が持たない。
そう思いつつも最近ではそれをどこかで喜んでいる自分に気付く。
焼きが回った。どこまでも惑わされてみようと思う。
例えば彼が欲するならば全て、魂さえも分け与えよう。
彼の心臓(こころ)に深く長く刻み込まれた傷口から、俺の全てが入り込む。
相楽左之助が誰の記憶から見捨てられようとも、
ただあいつにだけ 俺の想いを持っていてくれればいいのだ。
それは倖せの後ろ側。
過ちに歪む過去も、生かされた罰も、 何処の馬の骨とも知れぬ奴等に穢された血刀も。
全て捨てて、身体一つで俺のところに来ればいい。
そして永(とこしな)えに愛し続けよう、その恋しい温もりを。
逃さないように、例え一度の体温(ぬくもり)さえも。
■□ ベルリンの壁より堅く分厚い □■
肩を並べて仲良く買出し。その距離約3尺。
背中を預けて共に死地を潜り抜ける。その距離約3寸。
彼の内部(なか)へと侵入を試みる。その距離0。
けれど。
俺たちを隔てるその距離は、ベルリンの壁より堅く分厚い。