■□ 病める時も、健やかなる時も □■
出逢い方が悪かった。
無二の美形に一目惚れ。
相対峙し 凄まじい剣気と純粋な心根に心の臓を鷲掴みにされ、日に日に募る想いを持て余す。
耳元で愛を囁けば落ちぬ女は居なかった。
それがどうだ、彼を前にすると口説き文句の一つすら出てきやしない。
直球勝負も巧みにかわされ 健闘空しく空回り。
腕、口共に達者な彼に、我ながら情けない事には最終的に力尽く。
初夜、やっと手にした最愛の恋人から貰った初めての言葉。
『お前の所為で俺の人生は滅茶苦茶だ』
これには流石に落ち込んだ。
項垂れる耳元には熱い吐息、汗ばむ首筋には冷たい刃。
『捨てたら殺してやる』
それはまさに地獄から天国。
一緒に死のうと、永遠(とわ)を誓った。
■□ 理想のひと □■
「それは恋だ」と左之助は茶化すが、俺の想いはそんな邪なものではない。
彼に導いてもらった剣の道で、彼がしてきたように困難の直中に在る人々を救い、
そうしていつか、絶対に彼を越えなければならないんだ。
その為には一日も早く、彼に戦いの場を任せてもらえるような剣客にならなくてはいけない。
優しくて強くてかっこ好い剣心は、俺の理想のひとなんだ。
でもどうしてだろう、弱さや紅涙までも見せてもらえる左之助を、近頃羨ましく思うのは。
「それは恋だ」と左之助は茶化すが、俺の想いはそんな邪なものではない・・・・・はずだ。
■□ 天の羽衣 □■
妖しく立ち上る紫煙を見遣る。
独特のほろ苦い香りが、常と変わらず俺の胸をきつく締め付けた。
「ああ左之すまぬ、起こしてしまったか」
微苦笑し、流水の如くたおやかな仕草で彼は煙草盆に煙管を置いた。
激しい情事の後にも係わらず、凛とした彼の横顔が恨めしい。
「左之はこれが嫌いだったな」
そう知りつつも、彼は枕を交わす度に悪びれる風も無く煙管を燻らせる。
「どこがいいのかさっぱり解らねえ」
「お子様」
長い髪を掻きあげ、小憎たらしくくすくすと笑う恋人を褥の中へと舞い戻す。
彼を蝕む煙草にさえ嫉妬しているのだと告白したら、彼は呆れ果てるだろうか。
紫煙がゆらゆらと消えゆくように、
ふらっと天(あっち)へ逝ってしまうのではないか不安になるのだと告白したら、彼は愛想を尽かすだろうか。
「もう止めねえ」
「どうにも口が寂しくてな」
「だったら俺の唇でも吸ってりゃいいだろ」
形勢逆転、軽い躯が圧し掛かり、紅い髪が俺の顔を弄ぶ。
近付いてくるにやけた美形の、曰く寂しい唇が俺のそれに押し当てられ、舌で愛を語り合う。
俺達の幸福(しあわせ)は、いつも甘くていつもほろ苦い。
■□ 男に恋した男 □■
例えば彼に抱きしめられる瞬間鼻を掠める汗臭さとか。
例えば耳元に好きだと囁かれる低い声音と同時に押し付けられる下半身の熱さと硬さとか。
例えば自分よりも体格のいい男に当たり前のように組み敷かている現状だとか。
子を成せる訳でも無ければ 誰かに祝福される関係でも無いと、何かにつけて思い知らされる。
傷は浅い方がいい。
切れるものならばいっそこの縁切ってしまおうか。
なれど縁に色が付いていれば楽なものを、質の悪い事には無色ときている。
どこを狙えば切れるのか。
どこを狙えば切れるのか。
取り出したるは裁ち鋏。
試しに小指の辺りの空を切る。
試しに首の辺りの空を切る。
試しに向こう脛辺りの空を切る。
然るに何ら変化は見受けられず、鋼の残響ばかりが涼しい。
「・・・・・何をやってるんだ俺は」
馬鹿馬鹿しい己の行動に、額を畳に押し付け腹を抱えて笑い転げる。
あー腹が痛い。
「どうかしたか剣心?!」
いつの間に来ていたのだろう顔を青くして敷居越しに狼狽えている諸悪の根源を手招く。
「好きだよ左之助」
途端彼の顔が真っ赤に染まる。よくよく見ると耳までも。
まったく青くなったり赤くなったり忙しない奴だ。
釣られて俺まで悩んだり笑ったり忙しない奴になりつつある。
本気でこの男に心を奪われてしまったなんて 口惜しいにも程があるではないか。
こんな悪縁、早く切れてしまえばいいんだ。
・・・・・・致命傷に至る、その前に。