夕星、恋水、愛しい俤

■□ 贅沢な悩み □■

好きだぜ。
こっち向けって。
なあ剣心。
愛してる。

・・・・・・・・・お前のその恥ずかしい口、俺が結んでやろうか?



■□ 恋の駆け引き SIDE S □■

調子に乗るのもいい加減にしろ。
いつまでも俺が甘い顔してるだなんて思うなよ。
背中の惡一文字に焦がれる女は辰巳あたりにゃごろごろ居るんだからな。
これでどうだと思った矢先、
「弥彦か?ああそれとも月岡殿でござるな」
微笑まれ、バツの悪さにそっぽを向いた。



■□ 恋の駆け引き SIDE T □■

ウジウジと悩む彼の姿に、らしくないと渇を入れる。
一度バシッと言ってみたらどうだと言う俺の提案に、
試してみる価値はありそうだと一言礼を述べ暇を告げた。
先刻と打って変わったその愉しげな背を見送り、
まさか面白い事になったとは言えず一人笑いを噛み締める。
左之助、悪く思うなよ。
事後報告を楽しみに待つとしよう。



■□ 恋の駆け引き SIDE K □■

これは珍しい来客とばかり しかしその来訪の理由(わけ)を知り得た表情(かお)で、
流石は抜刀斎よく判ったなと余計な一言を添えて迎え入れてくれた。
「あまりあれを苛めないでやってくれ」
言葉尻が刺々しくならぬよう細心の注意を払い言葉を選ぶ。
しかし牽制は無用だと彼は朗らかに笑うばかりだ。
本能が教える、月岡殿には要注意。



■□ 夕星、恋水、愛しい俤 □■

無邪気にはしゃぐ小さな影を追い駆ける。
時々後ろを振り返り、自分を追ってきてくれているか確認する様が愛おしい。
お望み通り捕まえ擽ってやると、顔を綻ばせ笑声を上げた。
それも束の間、生理的な涙を目に溜め 今度は擽ったいと訴え始める。
解放してやればもう一回と、再び元気よく走り出した。
やれやれと空を仰げば眩いばかりの一番星。
目を細め、早くと叫ぶ我が子の元へ駆け寄ろうとして、ふととある記憶が甦る。
以前この道で起きた、同じような出来事を。
『剣心!』
懐かしい、恋しい声が耳を過る。
ずっと封じてきたにも係わらず 何年も前のあの日が容易かつ鮮明に思い出された。
『剣心待てよ!!』
幾度彼の腕から抜け出そうとも、彼は犬のように尾を振りどこまでも追い駆けてくる。
『へへっ捕まえた』
まだ、お前のような餓鬼に捕まる訳にはいかない。
俺にも男の意地があるから。
『抵抗すんなって』
抵抗された方が燃えるだろう?
もっと俺に本気になればいい。
『もう逃さねえ』
逃さないのは俺の方さ。
どこまでも追わせてやるからついて来い。
『上等』
彼は確かに、そう言ったのに。
あの頃俺は幸せで、彼の存在が唯一だった。
その彼が東京(ここ)を離れたと言うのに、何故俺はこんな所に留まっているのだろうか。
彼は今頃どこに居るのか、誰を想っているのか、もう日本へは帰ってこないのだろうか。
まだ、こんなにも・・・・・。
突然襲ってきた激しい眩暈に対処しきれず、他に為す術もなく道端にしゃがみ込む。
「お父さんどうしたの?お腹痛いの?」
駆け寄り 涙声で心配げに覗き込んでくる無垢な我が子を直視できず、笑いかけてやる事さえできず、
震える声で辛うじて何でもないよとだけ告げた。
まだ、こんなにも。
俺の心はお前を求めて止まずにいる。

夕星、恋水、愛しい俤。



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